2025年11月30日 しめ縄作り
11月30日は、毎年恒例となった「注連縄作り」
11月の締めくくりとして、来季の年神様をお迎えするためのしめ縄作りをイベントとして開かせていただいた。
毎年、自分たちの手で育てた稲藁でしめ縄を作り、その縄が各家庭の玄関に飾られることで、御神田からのエネルギーが家々に届き、来年一年を守っていただくというありがたいお導き。
日本代々受け継いできた御守りとなるしめ縄を、自分自身の手で作るという体験を、毎年の恒例行事として続けている。
今年は、女性ならではの丁寧な作り方を教えていただけるよう、りかさんを講師としてお招きした。
こうして自分以外の人からも新しい学びを得られたことに、また一つ新しい循環が生まれたと感じている。

三つ編み→二つ編みへ
昨年は三つ編みで作ったが、今年は陰陽統合を象徴する二つ編みへ。
二つ編みは、より簡単でスムーズに作れることを学ばせていただき、人生は実に面白く、様々なやり方の中から、より作りやすく、より楽しんで取り組める方法を選びとっていくこと──その学びの連続である。
大快晴の空の下、太陽のパワーを全身で浴びながらしめ縄を作る。
日本のどこかで、こうした光景が今も受け継がれていること自体が、なんともありがたいことである。
稲藁をその場でお茶に煎じて飲むという体験も、なかなか味わえるものではない。
だからこそ、体験に勝る学びはないのだとつくづく感じ、出来事を通して学び、体験を通して記憶し、「今」のすべてをどれほど多くの人と共有できるのか。
この時代をどう生きるのかの核心でもある。
幾年の時代が移り変わろうとも、人間としての本質的な体験は変わらない。
何を選び、何を味わい、何を学び、どんな体験を積むのか──それらが人生を豊かにする鍵である。
しめ縄を自分で作ったという事実は、どんな時代が来ようとも変わらない。
その体験は記憶の奥深く、さらにはDNAのどこかにも刻まれていく。
来年また同じ出来事が訪れれば、昨年との違いを感じ、新しい工夫や進化が生まれていくであろう。
米を育て、稲が育ち、太陽が照りつける田んぼがある限り、そこには人が集まる。
そして稲藁があれば、しめ縄作りはいつでも開くことができる。
旗を振り「こちらだよ」と伝え、人が集まり、共に体験を共同創造として創り出し、新たな体験を味わい、学びとなり、そこからまた新しいご縁が生まれていく。
その循環こそが、人生を深く豊かにしてくれる在り方の一つ。
生きるとは、最終的に死へ向かう旅でもある。
始まりがあるから終わりがあり、その狭間である “今” をどう味わうかがすべてだ。
体験を通して何を感じ、何を受け取り、何が自分を導いているのかを静かに見つめれば、人生は必ず味わい深くなる。
この瞬間を存分に味わい、体験することで生まれる何か。
そこから続いていく何か。
それらはすべて、大いなる存在が導くものであり、その存在は体験を通して常に私たちに何かを与えてくださっているのだと、味わい深い「今」を体験させて頂いたしめ縄つくりである。







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