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2026年1月11日 新年祭

1月11日 不二阿祖山太神宮にて新年祭を執り行いました。

皆様、明けましておめでとうございます。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

不二阿祖山太神宮の新年祭にて、弥勒十一年の一月十一日、全ての1が整い、その中で「鏡開き」という新年祭のお役目をいただき、人類の恒久平和を祈願し、皆様を代表して全うさせて頂きました。

誠にありがとうございます!!

宇宙の話

大役の新年祭の前に、一つご紹介させて頂く。不二阿祖山太神宮の大宮司様とお話しする機会を二時間半いただき、その中で色々と興味深いことを教えていただいた。

今の人類は、巨大な巨人族が戦った後、その戦いの中で心優しき巨人族が逃げてきた場所が今の地球を作っており、心優しい地球人と巨人族との交配でできた星なのであるということ。そして今、地球が限界に達しており、このまま行くと破滅の道を辿るか、もしくは宇宙船に百万人、いや一万人が乗って、その一万人が豊かな世界を創造し(意識エネルギーと進化したテクノロジーによって)、想像がすべて具現化されるような新しいテクノロジーの進化とともに生きる時代になる、そんな時代も考えられるという。

その上で、今の人類が、「破滅と創造」どちらに向かっているのかが重要であり、その中で一つ一つが今、新しい世界へと始まりつつあるということ。

大宮司様が今から進めていく一つのプロジェクトとして、我々の先祖である恐竜や、その恐竜もまた肉食恐竜、草食恐竜、そして海洋恐竜と、様々な恐竜には、代々進化してきた先祖がいるということ。その先祖たちはもっと遡るとプランクトンや藻類から始まり、その中で藻類たちが出来上がる元となった有機物たち、有機物の前は土や水であり、水の前は火があり、火から物質現象が始まっているということを細かく伝えていただいた。

さらに物質界から遡ると、そこから元に戻っていく神様、元始まりの太御神。その最小の点にある唯一神は、全ての根源であり、そこから紐づけられる全ての神々が万物の神様であり、八百万の神様に至っていくという。

元主一太御神はどんな宗教、宗派、文化も全てを受け入れられる。すべての唯一神であるからこそ。唯一の心、一つの元に戻っていくことを軸にあるからこそ、全ての根源が一つになっているということ。

また、日本語の50音は全てが神様であり、重複する「ゐとゑ」を除く、四十八神と呼ばれる神の「あ」から「ん」までの、神社の狛犬が必ず阿吽(あうん)をしているのは、その五十音の全ての神様が一堂に集合しているということを象徴していること。

だからこそ神社にある狛犬たちは、万物の神様の存在を理解した上で日本人が作り上げてきた軌跡なのである。

さらに、毎年開かれる新年祭というものは、一年の全てを神々様と決めるという重要な日であり、風は雷なりと言われ、毎年のように新年祭の前後は嵐のような風が吹き荒れる。

自身も、前日の夜から近くに泊っている際に、とてつもない豪風を感じいたことからも、風は風神様たちのエネルギーが溢れ、そして我々に何かをメッセージとして伝えていただいているということを、強く感じたのだ。(外が唸っているかのように、暴風であった笑)

一月十一日の新年祭は、熱く強くエネルギーの溢れた一年間の全てを決める重要な一日であるため、大宮司様と話をした「一秒たりとも我々の選択は何もしておらず、全て神様や先祖の皆様など大いなる存在に導かれ、動かされて生きているということ」に氣づくことの日でもあるということ。

物質現象の中で生きていると、自分たちの意志があるように感じ、大いなる存在の意向を理解する時代にはたどり着いていなかったということではあるが、だんだんそれが理解できる時代に近づいてきているのだ。

全てが導きのように生きている境地に近づき氣づき始めると、我々は全て一秒たりとも自分たちの選択で生きていないということに氣づく。その瞬間、全てが大いなる悟りになり、全ての創造神と繋がっていくという。

それらを自分自身にも当てはめると、全ての現象世界で起きてくることは自分が起こしているようで、実は起こされているということであり、自分が行っているようで実は、行わされているということなのであろう。

だからこそ、起きること全てを受け入れ、あとは地球の、宇宙の、そして人類の平和を祈願し、愛溢れる豊かな方向へ歩みだす身体を自然と動いているということを、改めて感じさせていただける。新年祭の前日の大宮司様との話であった。

何事も一つ一つ丁寧に歩み、そして穏やかに生きるということ。地球から愛をいただき、その愛をお返しさせていただける唯一の心。

自分の心と書いて「息」と書く。

「息」

これこそが誰もが何万、何千、何百と必ず行い、愛を受け取り、愛をお返しすることができる一つの方法であり、穏やかな息をすることで穏やかな心が生まれ、穏やかさを周りに届けられるということが、自分自身がいつでもどこでも愛を受け取り、愛をお返しできるということなのだ。

新年祭当日の朝、富士山を遥拝し、眺める。富士山は周りが曇っていても富士山だけは姿を見せてくれているというありがたいお導きであり、ありがたく富士山のお導きを心行くまで堪能し、その帰り道に突風の影響で倒れていたお墓の石碑を直させていただいた。

そのお墓の名前が「加々美(かがみ)」であり、鏡開きを象徴するようなお導きであり、すべての出来事がパラレルワールドに突入しているのではないかと思うほどの出来事だ。

その後、宿に戻り、旧暦のカレンダーを見る機会に恵まれ、旧暦のカレンダーを見てみると、1月10日が旧暦の11月22日、そして1月11日が旧暦の11月23日であったということ。

つまり1月11日は旧暦で言うと新嘗祭の日にあたり、そんな奇跡的な偶然があるのかと思うほどの奇跡のお導きもあり、そのようにして新年祭のリハーサルへと向かう。

いよいよ今回の新年祭の話へと移っていこう。

「鏡開き」のお役目をありがたく全うさせていただいた新年祭へ。

新年祭を迎え、大宮司様のお言葉にある、我々は皆神の子であり、稲穂たちは自分たちのDNAより多くのDNA情報を持っており、その稲穂たちを食することで自分たちの体と一心同体となり、世界中、日本中に動き回れる喜びを感じられているということ。

2026年、弥勒十一年一月十一日は、神が統一する年であり、これから一八運動をさらに拡大し、玄米は命を救う、全てを変える力があるということを熱く語っておられた。

一八運動から世界中へ恒久平和を祈り、そして一粒一粒の目覚めが人々の目覚めを促し、一粒の玄米が全てを変えていく力があるということを語っておられたのも、また米農家としてありがたい言葉を頂いたのである。

自身も「米4.0」(米3.0は執筆中笑)から、二百人以上に対しての農業セミナーを開始していき、その中で「バケツ稲(一八運動)」を伝えていくのだ。これもまた大いなる導きであり、それらを全うしていくことで、また大宮司様たちがどのような想いでどう地球を見ているのかも味わえる瞬間が来るであろう。

一つ一つのプロセスを味わい学び、出来る限りのことを全力で行う。ただ一点のみ。

今回の新年祭で、自分の役目である鏡開きの大役をいただき、その大役を全うさせていただいたことは光栄ことであり、これから人類を代表して恒久平和を祈り、自分にとっての、そして世界にとってのベストな世界を常に心がけて邁進していくということの身が引き締まる思いで役目を全うできたことを大変嬉しく思う。

新年祭後に訪れた河口浅間神社では、とてつもない巨木の杉たちが数々並んでおり、その最後に待つ巨大な鏡。

鏡開きの日にふさわしい最後の大きな鏡に導かれたことで自分でも氣づく。今、すべてが鏡から始まり鏡で終わっているということ。

「鏡を開くこと、自分を開くということ、神様とともにあるということ」に氣づかされ、帰路へと向かった、新年祭。

雪が降りながらも一粒の雪を味わい、心に刺さる深い時を過ごさせていただいたことを走馬灯のように振り返り、時空を超えた、まるで時が止まったような世界を体験させていただいたこと。幸せな世界をともに創造していただいている方々がいること世界に深く感謝の氣持ちが湧く、帰路である。

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