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2025年10月25日 収穫祭

2025年10月25日 収穫祭

2025年の収穫祭を終え、6月の御田植祭から始まった約4ヶ月にわたる稲作の式典のフィナーレを、今季も無事に迎えられたことに、心より感謝の気持ちが溢れる日である。

今日までの準備がいかに大切であり、「本番」とは、これまで積み重ねてきた準備のすべてが試される場であるということを、改めて実感する。

全国各地から総勢100名を超える方々が、愛知県東郷町の御神田にお集まりくださり、収穫祭を共に迎えられたことが何より嬉しく、米農家として冥利に尽きる。

お越しくださった方々、心より感謝申し上げます。誠にありがとうございます!!

生きること=食べること

稲作とは、日本人が古来より「生きること=食べること」を体現してきた伝統文化のひとつであり、テクノロジーが進化した現代において、こうして昔ながらの田んぼの形で稲作の神事を、その喜びを多くの人々と分かち合えることは、本当にありがたいことである。

けんちん汁や、49合を羽釜で炊いたご飯、漬物を持ってきてくださる方、朝3時までかけてスイーツを仕込んでくださった方など、多くの方々のご尽力によって、この式典が大盛況のうちに終えられたのだ。


人生で初めて、49合(約7.5キロ)のお米を羽釜で炊いたこと、無事に炊き上がるのか、わくわくしながら見守ったが、ふっくらと炊き上がり、皆から「美味しい」と言っていただけた瞬間、嬉しくもありホッとする気持ちが湧き上がる。

稲藁(親)と米(子)で炊いた羽釜(親子炊き)は、遠赤外線の力で旨味が引き出され、格別の味わいであり、そして御神田の前で祭典を終えた後に食べるからこそ、より一層美味しく、命の尊さを深く感じられた。

田んぼの中で泥まみれになりながら稲を刈る姿、稲を干すために稲藁を組む姿──その一つひとつが本当に美しく、喜びに満ちた光景であった。

100名を超える方々を迎えるというプレッシャーや責任感の中で、滞りなく式典を終えることができたのは、自分に与えられた一つのミッションを果たせた証でもあり、深い感謝の念で満たされ、安堵の気持ちも同時に湧きあがる。

また、斎官様のお言葉にもあったように、「自然と共に生きる」ということ──自然の恵みに感謝し、争いや奪い合いを超えて、人々が手を取り合い、食を通して調和を取り戻す心こそが、世界平和への一歩である。

稲作は縄文時代から脈々と受け継がれてきた日本の精神的伝統文化であり、そこには「食への尊さ」と「感謝の心」が深く息づいており、だからこそ、この東郷町に多くの人が集い、共に稲を刈り、共に食を囲む──その体験自体が、一人ひとりの魂に刻まれる尊い学びであり、再びそれぞれの地へと旅立つ際の新たな光となるのだ。

式典の最後には、稲穂をお土産としてお持ち帰りいただいた。穂付きの稲藁を玄関や神棚に飾り、一年間お守りとして見守っていただくことで、その稲穂を見るたびに感謝や式典で感じた気持ちが芽生えれば、収穫祭の式典を開催した意義が生まれる。

収穫祭という奇跡の出会いをきっかけに、誰かの人生に小さな気づきや大きな展開が訪れることで、式典の証ともなり、一つの有り難い出来事となる。人生において、すべての出来事には意味があり、後から振り返ったときに「あの収穫祭があったから今がある」と思える瞬間が訪れ、そのような時間のひとつのピースになっていれば幸いである。

不二阿祖山太神宮の皆様をはじめ、神道を重んじる方々、稲作を大切にする人々、地球と共に生きる方々の感謝の祈りが、さらなる豊かさを生み、人々の心に新たな芽吹きをもたらす。

生きるとは、命をいただくこと。
その「生きること」そのものを、式典を味わうことで、本質を垣間見る日でもあったのだ、と今になって感じる。
地球と共に愛する人生を生きよう!
ありがとうございました!!

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